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ぜんぶ、じゃぁよ。
[少し俯いて]
[小兄の言葉にうなずいて]
みたものは、こわいものじゃ
こわなければ、ゆめはゆめじゃ
こわければ、ゆめがうつつじゃ
じゃけ、おらは……おらは、
[こわいんじゃと、小さく呟いて]
みんないっしょが良いんに、
おらは、おらは。こわいって思うんじゃ……
誰を見てしまうんかも、わからんのじゃぁ……
―一度で諦めたがな。
川を越えようとしてみたが―確かに向こうに跳んだのに下りたのは元の場所だ。おそらく全部が全部そうだろうよ。
[軽く肩を竦めてみせるか]
はは、成る程、百薬の長に勝る薬は有りもせず。
これは、しがなき薬売り、いよいよ用無しですかねえ。
[揺藍の言葉に笑いながら、もいちど酒杯を空けようか]
内緒ではないか、
なれば好かったけれども。
盗み聞きをしてしまっては宜しくないからね。
この森は穏やかなところではあるけれど、
冷えて体調を崩してしまってはいけないよ。
[それだけ言の葉紡げば音彩の声に口を噤もうか]
そして、雅詠の旦那でも、結局外へは出られなかったと?
それは不思議。まったく不思議ですねえ。
[不思議、不思議と繰り返すのは、他に含みのある様でもあり]
[夕餉の気配に顔出すも、漂う酒精にやや眉寄せて。
ちょうど揺藍と対角の、菱の形に座すだろか。]
さて、お早いの。
我も…夕餉をいただこうか。
[相伴、と口にしかけて言い直す。
既に心得たか、童子は清き水のみ運び来る。]
そのようなことはないよ。
酒は薬でもあり毒でもある。
やはり薬に勝る薬などないと我は思う。
[烏の注いでくれた酒を、唇を湿らすよにちみちみと飲みながら雅詠の話を聞いているだろうか]
…川を越えるつもりが同じ地とは…まぁ。
この場所が真実でなければ冗談にしか聞こえぬものよの。
ぜんぶ、かぁ。
[ゆる、と首を傾げ。紅緋を数度、まばたかす]
ねいろは、みえてしまう事がこわいのだね……。
[呟く刹那。紅緋は僅か、陰りを帯びて]
でも、誰を見るかわからぬのなら、誰もいなくても、見てしまうかもしれぬのではないの?
なら、一緒がよいよ。
[それでも、告げる時には、陰りは、失せて]
〔僅かに荒ぶる風は直ぐ様収まりて、
そよぐは童を慰むやうに穏やかに。
緩く首を傾いで仰ぐ先は変わらぬ空、
森はさやめきて噂話をするやうに。
されども、風は風、森は森しか過ぎず、
たとへ精が棲みても伝わらぬか。〕
[―下げた一瞬、瞳は真剣な光を宿し]
―さて、どう取れば良いのやら。異能の持ち手かはたまた唯のはったりか―
[油断は禁物―とりあえずはそれのみを結論に]
冷えてしまうの。
あやめねえさまも、ひえてしまうと違う?
[小さく尋ね]
[それから、小兄の言葉]
[小さくうなずいては陰りに気付けず]
離れておれば、
おらがおらんければ、
誰もちがうって、こわいってわからんも……
…………ふうれんにいさまのことを、
ゆめが見てしまうかもしれん…………
[それは本当にちいさくちいさく]
いえね、ほら、彼の天狗の麗人がおっしゃった。
皆、鈴の音に呼ばれて来たと。
そいつはきっと、人の世を逃れて天狗の里に行く、そんな心があった証拠。
したが俺には、迷い迷って、逃れて逃げる、そんな風情が旦那には、ちょいと似合わぬと思えたもので。
[だから、雅詠なら出られるかもと思ったのだと言外に]
[交わされる言の葉を、聞くともなしに聞きつ。
箸を口に運び、はくはくと咀嚼する。
御酒を勧められるを拒むのか、言の葉交わすを拒むのか。]
[それでも挨拶されれば、こくと頷き。
手を上げられれば、琥珀がひとつ瞬こう。]
でも、みんながこわいとは限らぬよ?
それに、ひとりは良くないよ。
館にいなければ、ご飯もいただけぬもの。
[だから、戻ろう? と。
ゆるり、首を傾げつ言い。
最後の呟きに、紅緋は不思議そうに、本当に不思議そうに。
また、まばたいて]
……風漣は、かまわぬよ?
おやまあ、好く似ているとな。
風の坊は森の中で暮らしていたのかい。
小さき相棒も居れば冷える心配はなきかな。
此方は大丈夫だよ、臙脂の子。
こう見えても鍛えているからね。
さても其方はこわがりなのだね、
そう思わぬも思わぬも己次第だけれども。
[ゆうるり首を傾いではたりはたりと瞬きを]
それより、坊ら。腹は空いておらんかな。
……そう、じゃけど。
…………もし、こわいひと、おったら、おらぁ
[しかし、小兄の言葉に]
[戸惑うように]
…………にいさま。
おらのこと、こわぁない?
―そいつぁちと褒めすぎだぜ。
俺だって―
[ふと沈痛な面持ちになり]
――すまねぇ、ちと呑み過ぎたみてぇだ。
[言って大きく酒を呷る―表情を隠すかの様に]
して我は迷うてばかりなるか。
…そなた、見てはおらぬじゃろうに。
[見られたならば、迷うも惑うも知られたろと。
瞼伏せるは、そは肯定ともあろうかな。]
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